私は、よく跳ね返る壁だった
いつのことだったろうか。モニターは左に置くように、と言われたのは。割と最近のことだったと思うが、季節までは思い出せない。言ったのは当時の上司のオノさん(仮名)で、理由は、会話を増やすため、顔が見えるように、とのことだった。
経験上、「聴くことを大切にしている」と公言する人に話を聴いてもらえたためしがないのだが、オノさんも、聴くことを大切にしている、と事あるごとに言う人だった。実際、頷きは深く、相槌は柔らかく、傾聴の姿勢だけならセミナーの見本映像に使えるほど整っていた。ただ、その姿勢の向こう側に、こちらへの興味というものが、どうにも見当たらないのである。頷いてはいる。聴いてはいない。相槌は一定間隔で正確に打たれる。ししおどしと見紛う精度である。こーん、と鳴りはするが、注がれたものは、ただ流れていくだけなのだ。そういえば本物のししおどしを最後に見たのはどこだったか。京都だったか、どこかの旅館だったか、これも思い出せない。思い出せないが、話を戻す。
あいにく私は、生まれてこのかたモニター右派である。ウィンドウを開く順番も、視線の逃がし方も、長年かけて右にできあがっている。それを会話のために、左へ。以後、私のデスクトップにはずっと、利き手と逆でペンを持たされているような、うっすらとした不自由が漂うこととなった。
そして会話は、増えなかった。オノさんが私に話しかけてくることは、ほとんどなかったのである。顔は開通した。往来はなかった。
ただ、まれに会話が発生することはあった。そして発生した会話には、決まった型があった。オノさんの聴く技術は三つある。深く頷くこと。「なるほどね」と言うこと。そして、なるほどねの直後に、自分の話を始めることである。気がつくと私は相手の話したいことを打ち返す係になっており、会話、否、打球練習が終わる頃には、どっと疲れて、何かを吸い取られた感覚だけが残るのだった。あの人が欲しかったのは、聴いてくれる相手ではない。よく跳ね返る壁である。そう考えると、モニターを左に置かせたことにも合点がいく。あれは会話の施策ではなく、壁の露出面積を広げる工事だったのだ。壁は顔が見えているほうが、打ちやすい。
もっとも、悪意はないのだと思う。悪意で人はししおどしにならない。それに、こうして頷きの角度から相槌の間隔まで観察して標本にしている私も、では彼の机に何が置かれていたかと問われると、一つも思い出せないのである。半年間、顔の見える配置で向かい合っていたのに、である。マグカップの色も、手帳の有無も、何ひとつ覚えていない。興味がなかったのは、どうやらお互いさまらしい。壁は壁で、打球のフォームだけをじっと採点していたのだった。
さて、それから半年後のことである。組織のレイアウト変更があり、私のチームは、チームごとフリーアドレスになった。固定席の消滅である。理由の説明は、なかった。会話を増やすためにモニターの向きまで指定した半年間の後に、席そのものが解散になり、そのことについて、誰も、何も、言わないのである。なんの話だったんだ、これは。壁は工事され、半年で撤去された。工期も趣旨も不明のまま、跡地だけが残っている。
怒っているのではない。フリーアドレスは存外に快適で、モニターも消え、私の視線は安定の右に帰ってきた。ただ、私は知りたいだけなのだ。あの指示はなんだったのか。あの半年の、私のうっすらとした不自由はなんだったのか。誰か経緯を説明してくれる人がいれば名乗り出てほしい。せめて議事録の在り処を求む。回答は、オノさんの席がどこであろうと関係のなくなった、窓際のあたりで待っている。あれは、いつのことだったろうか。もう、それすらあやしいのである。


